6月の振り返りメモにも書いた通り、『久我山栞の死様手帖』を読了した。

最初に全体的な感想をひとことで言うと、読んでいて心地よいゲームだった。
フルボイスで、イベントスチルの見栄えもよく、作品全体が豪華に仕上がっている。
キャラクター同士の掛け合いも軽快で、この手のノベルゲームが好きな人であれば、かなり遊びやすい作品だと思う。
タイトルや雰囲気からホラー色の強い作品を想像するかもしれないが、実際にはそれほど怖くない。
軽いジャンプスケアはあるものの、本格的なホラーを期待する作品ではないだろう。
この記事では、全END読了後の感想を書いている。
物語の核心に触れるネタバレを含むため、未プレイの人にはクリア後に読むことをおすすめする。
ちょうどいいコメディ要素
『久我山栞の死様手帖』を読んでいて心地よかった理由のひとつが、コメディ要素のバランスである。
キャラクター同士の会話には頻繁にギャグが挟まるが、作品そのものを壊すほど悪ふざけには寄っていない。
寒いノリを延々と見せられる感じでもなく、令和の読み物としてちょうどよいコメディ感だった。
物語の設定自体は死や呪いのようなものを扱っているが、会話のテンポもよく、明るく進行していく。
一気に読み進められたのも、この空気感によるところが大きいと思う。
ストーリーは全体的にあっさり気味
一方で、ストーリーは全体的にあっさりしているように感じた。
特に終盤は、明らかになった事実を順番に処理していくような形で、パタパタと話が進んでそのまま終わった印象がある。
もう少し余韻が欲しかった部分もあるし、後述するギャル子さんの話も含めて、登場人物の感情をもう一段掘り下げてほしかった場面もある。
全体のボリュームという面でも、もう少し読みたかったという気持ちは残った。
ただ、必要以上に話を引き延ばさない簡潔さが、本作の読みやすさにつながっている面もあると思う。
悪役にもう少し魅力が欲しかった
個人的にもっとも気になったのは、悪役の描かれ方である。
明確な悪役を登場させるのであれば、できればその人物自身にも魅力があってほしい。
しかし本作の安田は、認知が歪んだ異常者として描かれる。
ギャル子さんについても、ひたすら他人の不幸を願い続ける亡霊である。
どちらも話が通じないタイプの加害者であり、人間として理解できる部分や、危険でありながらどこか惹かれるような部分はあまりない。
異常な行動を取る理由自体は説明されるものの、それによって人物像に奥行きが生まれているかというと、私はそこまで感じられなかった。
結果として、似たような性質の悪役が二人いるように見えてしまった。
二人が存在することには、ミステリ上の仕掛けとしての意味はあった。
ただ、それ以上の意味はあまり見いだせなかった。
特にギャル子さんは、序盤から主人公に関わり、物語上でも重要な位置にいるキャラクターである。
それが最終的に、強い思想をもった巨悪でもなく、ただ感じの悪い小市民のような人物として、悪役としての魅力を発揮しないまま終わってしまった。
もう少しどうにかならなかったのかと思う。
本人なりの理屈や感情に、ほんの少しでも納得できる部分があれば、終盤の印象も変わったのではないか。
そう思うと、少し残念なところだった。
フラグ管理はかなり煩雑
ゲームシステムで気になったのは、選択肢のフラグ管理である。
序盤に選んだ選択肢が、かなり後になってから分岐に影響することがある。
そのため、目当てのENDへ行けなかったとしても、どこで間違えたのかを自力で判断するのは難しい。
過去の選択肢まで戻れる仕組みは用意されている。
ただ、どこを変更すれば結果が変わるのかは明確に示されないため、結局は怪しい選択肢をひとつずつ試すことになる。
このあたりは、20年くらい前のノベルゲームを思い出す作りだった。
ノベルゲームでは、選択肢を変えながら分岐を探すこと自体が遊びともいえる。
とはいえ、本作の場合は選択肢と結果の距離が遠く、攻略を見ずに全ENDを回収しようとすると、少し面倒である。
ゲーム全体の見栄えは現代的なのに、フラグ管理だけ妙に懐かしい作りになっている。
主人公の正体をめぐる仕掛け
私が本作でもっとも印象に残ったのは、主人公の正体に関する叙述トリックだった。
主人公として操作していた人物は、久我山栞の妹だった。
真相が判明するまで、ゲームは主人公の年齢や容姿をはっきりとは説明しない。
おそらく最初に多くのプレイヤーは、無口系の主人公が登場するノベルゲームでよくあるように、十代後半から成人前後の男性を想像するのではないかと思う。
ただ、無理やりプレイヤーを騙している感はない。
むしろ、正体を理解してから読み返すと、周囲の人物の反応は最初から子供に対するものにしか見えなくなる。
たとえば、一人で行動しようとすると、周りの大人から妙に心配される。
私は初見では、話の都合上一緒に行動させたいのかな、くらいに思ってそのまま流していた。
また、一部の分岐では神社で一万円を賽銭に入れようとした際に、そんな大金を持っていること自体に驚かれる。
読み進めるほど違和感が少しずつ露骨になっていき、どこかのタイミングでプレイヤーが自然に正体へ気づけるように作られている。
真相を知ったあとに振り返ると、最初からわかりやすい形でヒントが置かれていたことがわかる。
プレイヤーの思い込みをうまく利用した仕掛けだった。
ここで重要なのは、叙述トリックが途中でバレたからといって、物語がつまらなくなるわけではないということだ。
ミステリとしての仕掛け自体は比較的よくある形であり、正体に気づくことが物語のゴールではない。
この物語の真の目的は、『死様手帖』という形で生前には作ることができなかった思い出を作り、久我山栞を成仏させることにある。
主人公の正体に気づいたあとも、栞との時間がどのような結末を迎えるのかを見届けたいと思える。
だからこそ、最後まで話を追い続けられる作品になっていた。
まとめ
『久我山栞の死様手帖』は、全体として非常に読みやすいノベルゲームだった。
フルボイスやスチルなど、見た目の豪華さは十分にある。
キャラクター同士の会話も軽妙で、シリアスとコメディの配分もちょうどよい。
ストーリーはあっさりしており、悪役の人物造形には物足りなさも残った。
フラグ管理も、全ENDを回収しようとすると少々面倒である。
それでも、主人公の正体に関する叙述トリックはきれいに作られている。
真相を知ったあとに、序盤の会話をもう一度確認したくなる仕掛けだった。
そして、正体を見破ることだけで終わらず、久我山栞との思い出がどのような結末を迎えるのか、最後まで見届けたいと思える物語でもあった。
強烈な恐怖や重厚なミステリを求める作品ではない。
しかし、少し不思議で、少し怖くて、会話を楽しみながら気軽に読めるノベルゲームとして、よくまとまっていると思った。
